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『君が見たのは誰の夢? Whose Dream Did You See?』by 森博嗣(2023)
1/13森博嗣『君が見たのは誰の夢? Whose Dream Did You See?』(2023)au了。WWシリーズ7作目。
人類と人工知能とrealとvirtualの先にある“共通思考”の話。
それは夢の話であり進化の話であり、結局“存在する”とは“考える“ということと同義であることになっていく。終末感と停滞感が漂っている現在から200年後(WWシリーズ)の人類の、次に進む転換点か、先祖返りか。
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『はじめての圏論』by 加藤文元(ブルーバックス)
加藤文元『はじめての圏論』(ブルーバックス)読了。
おもしろかった!しかし数学苦手な自分としては数式で思考するのがやはり難しく、なかなか難儀。なのに圏論って数学のおもしろさと拡張性はわかった気にさせるから凄い。
圏論、これ理解できると、多分いろんな分野で応用できるな。
圏論category theory
関手functor
恒等射identity arrow
写像map
終対象terminal object
始対象initial objet
直積direct product
直和direct sum
双対圏dual category
包含関手inclusion functor
等々、漢字名だと何のこと?ってのがむしろ英名だと直感的にイメージしやすいってのは勉強になりました。
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『ψの悲劇 The Tragedy of ψ』by 森博嗣(2018)
1/12森博嗣『ψの悲劇 The Tragedy of ψ』(2018)読了。Gシリーズ11作目。
前作『χの悲劇』(エラリイクイーン『Xの悲劇』のメタ展開でもある)の衝撃覚めやらぬまま、読んで了う。
これはまた、学生時代に読んだ次作『Yの悲劇』のメタ展開的館モノでもある。クイーン読み直そう。
次作で最終作『ω城の惨劇』(2022)は改題前の『オメガ城の惨劇』で既読なので、こうしてGシリーズも終に了ってしまった。
自分の今後の人生にとって測り知れないインパクトを受けた森博嗣読書体験でした。
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『リアルの私はどこにいる? Where Am I on the Real Side?』by 森博嗣(2022)
1/11森博嗣『リアルの私はどこにいる? Where Am I on the Real Side?』(2022)au了。
WWシリーズ6作目。
realとvirtualはどちらがrealか?というお話。
2026年現在、ボクの場合すでに(マジで)感覚が曖昧になっている。
テレビ界隈に30年以上存在して、ボクのrealは90年代半ばから既にvirtualだった。virtualのキラキラを創り出すのがrealな人生だったから。
今、professorをしたりproducerをしたりpublisherをしたりの日常のrealさはメタメタにvirtualだ。浮揚感と浮遊感と不明瞭と不条理がmixedされて。WW世界に居るみたいな。
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需つ。
1/11水天需 三爻
「もし空に雲があれば、いつかは雨が降るということだ。雨が降るまで何もすることはない。人生も同じ。運命の働きに対して、時機が熟してもいないのに介入すべきではない。心配しても無駄である。時が熟すまでは、飲食で身体を養い、心楽しいことでもして英気を養い、待っているべきである。起こるべき時に起こるべき事が起こる。そしてそのときには、こうして準備が整っているというものだ。」恐怖とはまちがったことを信じることである。
「需」は「まつ」という意味。
「需」は、積極的なものを持った場合であり、「待」は消極的な、期して待つという意味。#易
需つ、需とうと想う。なんなら3年でも5年でも10年でも。

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友だちへ say what you will
1/11
毎回甘っちょろいことを書いている。
それは、まあボクが本質的に甘っちょろい人間だってコトと、この物質世界material worldのビターなコトなんかをうっちゃっときたいって本心からかもしれない。
しかし最近はTropic(講談社刊の新雑誌、是非読んでください!)編集長なんて重責を司ってるので、その甘っちょろいところを時々で突っ込まれもするw(でも、まあ甘っちょろくていいかなと放置する)で、改めて甘っちょろいことを考えてみれば、ボクには友だちが(数えるほどしか)いない。
その数えるほどの友だちってのは、高校時代の友人ほんの数名なわけで、それは友だちというより旧友という範疇だし、特に社会人になってからの30余年は、ビジネスパートナーとしては沢山の方々に尊敬と愛情を抱いているモノの、それは友だちではない(とボクはなぜか確信している)。なんで友だちいないんだろう?
なんてことを考える。
友だちが欲しいな、なんてことも想ってみたりする。友だちって何なのだろう?
友だち=friendsだと、それはSNS的繋がりの拡大解釈的呼称になっちゃうから、
友だち=soul mate
って意味かな…とか。
soulだけだと精神性onlyな感じだから、身体性も加味して、
友だち=body&soul mate
なのかな…とかとか。自分に、友だちはできるのだろうか?
人生に、友だちは必要なんだろうか?
なんなら、友だちになってください!(お、甘っちょろいを超えて、気持ち悪い感じになってきたw)
でも歳を重ねると(重ねるから)気付く、些細な、でも大切な想いってのは、あるわけですよ、多分。
そんな想いも大切にしたいな、とか想っているわけです。
まだ見ぬ友だちへ、君が何と言おうとも。
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『ダマシ×ダマシ Swindler』by 森博嗣(2017)
1/10森博嗣『ダマシ×ダマシ Swindler』(2017)読了。Xシリーズ6作目完結。
Gシリーズ『χの悲劇』読後の衝撃で興奮してしまって、そのまま翌年刊行のXシリーズ完結編も夜通し一気読みしてしまう。こちらはまた全く形相が違う形でのメビウスの環的大団円(ってのを別シリーズで同時期に重ね合わせつつやってるってのが凄い)。
主人公の小川令子の“弱さと不器用な日常“の自分語りが根幹で、自分の人生にダイレクトに響くシリーズだった。
Xシリーズの始まりと云える短編集『レタス・フライ』所収「ライ麦畑で増幅して The Amplifer in the Rye」を最後に翌朝読んで、また円環がぐるっと繋がる。
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『χの悲劇 The Tragedy of χ』by 森博嗣(2016)
1/10森博嗣『χの悲劇 The Tragedy of χ』(2016)読了。
Gシリーズ10作目。
なんじゃこりゃ!凄いな、これ!が第一印象。で、ラストの怒涛の円環的展開。もう敵わん。凄すぎる。
氏のエッセイの「自作のあとがき」にも書いてあるけど、まさに日常生活から宇宙空間への飛翔だ。六作目の『ηなのに夢のよう』までは、まあまあミステリっぽい部分も残しているが、ここで〈Xシリーズ〉に分岐し、後半の〈Gシリーズ〉は、ミステリィの一段目のロケットを切り離し、別の軌道へ加速している。また、『キウイγは時計仕掛け』で、二段目も切り離し、広大な宇宙空間へ飛び出していく。こうして見ると、〈S&M〉や〈V〉は、単なる地上の発射台だったのかもしれない。-『森には森の風が吹く』第1章「自作小説のあとがき」より

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1/9出演『金曜開店 砂鉄堂書店』@TBSラジオ
金曜開店 砂鉄堂書店 Podcast
#197 角田陽一郎『Tropic vol.1』
今回は「Tropic vol.1」の編集長、角田陽一郎さんにお話を伺います。