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  • 齢を重ねて

    齢を重ねて

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    年食って、いいことも悪いこともあるけど、いいことの一つは朝が苦じゃなくなったこと。
    二十歳大学生の頃から基本午前中は寝てて昼過ぎに起きる生活で、深夜深くまで起きてるのがデフォ。
    それはテレビ局に入社してより顕著になり、二十代三十代の一日は33時まであった(34時からは翌日の朝10時)。
    それが四十代過ぎた頃から夜遅くは厳しくなり、朝の目覚めは早くなりといったまごう事なき老化現象でw、それはテレビ局辞めてからは顕著になり、朝は陽の光で目覚め、若干の二度寝をしつつ、
    むしろ午前中が一番の思考→試行→至高時間となり、20冊近くの自著を書きつつ、数多の企画書に結実される。
    最近は、
    海町に在っては思索をし、
    東京に行っては創作をし、
    大学に居っては教育をし、
    各間の移動時間は、読書をしている。
    結果、歳重ねて、空間と時間が拡張したようだ。
    年取るのも悪く無い。

  • 「猫の比較文学」by ダリン・テネフ

    「猫の比較文学」by ダリン・テネフ

    2019年から在籍した東大大学院も修士2年博士5年で、まも無く卒業。なので最期に集中講義を受講。
    テーマは「猫の比較文学」 Japanese Cats in the Garden of World Literature (日本文学の庭に棲む猫たち)」
    講師はブルガリアからダリン・テネフ先生。
    漱石、デリダ、ポー、百閒、ホフマン、ゾラ等の作品を通して、“ブンガクネコ”という新種の猫の“共形象”を巡る講義。
    とてつもなく豊潤で芳醇で、おもしろい!
    東大の凄いところは、こんな授業を開講しちゃう学問的度量なんだと最期にして再実感。

  • 『夜は短し歩けよ乙女』by 森見登美彦(2006)

    『夜は短し歩けよ乙女』by 森見登美彦(2006)

    森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』(2006)au了。
    そう云えば持ってるのに未読だった。
    なるほどこれが『成瀬は都を駆け抜ける』でパスティーシュされていた憧れの森見節なのか!愉しい!

  • 『塗仏の宴 宴の支度』by 京極夏彦(1998)聴了。

    『塗仏の宴 宴の支度』by 京極夏彦(1998)聴了。

    1/18京極夏彦『塗仏の宴 宴の支度』(1998)聴了。
    前作『絡新婦の理』は意味わからんくらい分厚い文庫だったから、次はどうなっちゃうのかなと思ってたら流石に上下巻的に別れた。ということで“宴の支度”だけに圧倒的“謎”の情報量。そして何も解決しないまま“宴の始末“へ。

  • 「江見絹子展」豊津徳58【Hozu Talk】

    「江見絹子展」豊津徳58【Hozu Talk】

    江見絹子(1923−2015)は兵庫県明石市に生まれました。高校卒業後、神戸市の美術研究所に通い、1948年に兵庫県美術家同盟の会員になります。1949年に第4回行動展に初入選し、翌年には奨励賞を受賞、中央画壇での活動に専念するため、横浜市山手に転居しました。1952年の第7回展で行動美術賞を受賞し、翌年には初の女性会員に推挙されるなど、一気に頭角を現します。1953年末から2年間アメリカとフランスに滞在し、帰国後、抽象絵画の作品群を制作します。1962年には、日本人女性として初めてヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展に出品を果たしました。また、神奈川県女流美術協会の創立に携わるなど、女性アーティストとして日本の前衛美術の黎明期から精力的な活動を展開しました。 本展で展示する作品は、江見が1960年代のはじめに制作した、物質性を強く示す絵画です。江見は、1957年以降に制作した幾何学的抽象絵画を文字通り解体し、それを材料に新作を手掛けました。たとえば、旧作を自邸の庭の池にしばらく浸して絵具を剥離し、それを篩にかけて粒子を揃え、テレピンで薄めたものを下地とする手法などを用いています。ときには画面の向きを変え、ヘラ等で凹凸をつけながら地を盛り上げ、表面を掻き削るなど、絵画の物質性と描画行為の痕跡を強く感じさせる作品群です。表層の造形を超えて、偶然生まれるマチエールを重視する姿勢は、同時代の斎藤義重などと通じるものがあります。

  • 偶然性contingency

    偶然性contingency

    1/18偶然性contingency

    想えば、2年前くらいから読書熱が再燃したのでした。
    ボクの人生遍歴で云えば、”映像から文字”へ
    それは、Tropicを創刊する準備に期せずしてなっていた。
    あれやろうこれやろうが、あれやりたいこれやりたいと、automaticに接続していく不思議な感覚。
    それを先人たちはmission from God(神の使命)と甘受したのだろうし、
    多分未来の人たちはAI prompt(要件定義)と感受するのだと想う。
    その狭間で生きている自分には、その偶然性contingencyがとてつもなくおもしろくて気持ちよくて、また圧倒的で魅惑的だ。
    そんな偶然性の海を、揺蕩いながら、泳いでるよう。

  • 恒例機械仕事

    恒例機械仕事

    1/17 恒例機械仕事。
    するとその機械になった自分は、
    生きるとは一体何なのか?とか、
    時間とは一体何なのか?とか、
    判断とは一体どこに存在するのか?とか、
    境界とはどこにそもそも存在するのか?等々、
    …そんなかなり抽象的思考形態になるから、むしろいいのかもしれない、等とも想えてくるのが、抽象的思考の功罪だな。
    疲れた。
    で、了った後で、今日はある“仕掛け”をバレないように、あるヒトたちに試みてみる。
    吉と出るか?凶と出るか?
    それは瑣末な、運試しでもあり、試験紙でもある。
    そういえば、昨夜もある“きっかけ”をハレがましくも、あるヒトに試みてみたんだった。
    キチと出るか?狂と出るか?
    それは些細な、心行きでもあり、心尽くしでもある。

  • 『ラストマン FAKE/TRUTH』@TBS

    『ラストマン FAKE/TRUTH』@TBS

    『ラストマン FAKE/TRUTH』TBS
    昨年末ドラマSP、ようやく観る。
    放送局立て篭もりモノ、これを彼等でどう描くか?
    ドンデン返し劇をどう魅せるか?
    本格モノとコメディとどう折り合いをつけるか?
    脚本と演出、いろいろ勉強になる。

  • 『新年早々 不適切にもほどがある!』@TBS

    『新年早々 不適切にもほどがある!』@TBS

    『新年早々 不適切にもほどがある!』
    ようやく視聴。おもしろかった。脚本が凄い練られていたのとキャスト踏襲&回収という点で続編としてはとてもよくできていた!
    …なだけに、作品ってものに、そもそも続編ってのがいるのか?等という想いが過ぎってしまった。

  • 『何故エリーズは語らなかったのか? Why didn’t Elise speak?』by 森博嗣(2024)

    『何故エリーズは語らなかったのか? Why didn’t Elise speak?』by 森博嗣(2024)

    1/17森博嗣『何故エリーズは語らなかったのか? Why didn’t Elise speak?』(2024)au了。WWシリーズ8作目。
    今回はvirtualとrealが混在する世界での“死”についての話。
    これには現状のWWシリーズも、とうとう読了。
    これで、御終いなのか。。。これは、森博嗣さんに逢ってみなければ。