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  • epiphany 目が醒めた旅

    epiphany 目が醒めた旅

    11/7epiphany

    愛知→三重→岐阜→静岡の逃避行から急いで戻り、午後は赤坂古巣でミーティング。
    4日弱の一人旅では、温泉に浸かりながらそれこそ色々改めて考えさせられた。
    結局のところ、人生で何が一番愉しいのか?
    それは、皆でクリエイティブすることのかけがえのない愉しさなんだと再認識。
    これは(やりたくても)そんな機会が舞い降りて来なければ、やれないことなのだから。
    そんなプロデュースの機会を幸運にも30年以上享受できてること。
    大学教授を享受できてること。
    新メディアTropicの編集長を享受できてること。
    そして新たなIP創作の大任を享受できてること。
    そんなepiphanyに気付かされた、目が醒めた旅でありました。

    epiphany:「本質の突然の顕現」「直感的な真実把握」平たく言えば、「ある日突然何かが目の前にさっと現れて、それによってものごとの様相が一変してしまうこと

  • BHCPDII MUSEUM

    BHCPDII MUSEUM

    BHCPDII MUSEUM
    BANDAI HOBBY CENTER PLAMO DESIGN INDUSTRIAL INSTITUTE MUSEUM
    つまりバンダイのガンプラ新工場見学ツアー
    いやー、これは愉しい!
    素晴らしい90分のツアーだった。
    新工場が見られるのも凄いし、展示も最高だし、体験もお土産も最高!
    かなりオススメです!

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  • 関ヶ原古戦場記念館

    関ヶ原古戦場記念館

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    関ヶ原古戦場記念館。
    以前関ヶ原来た時には無かった、2020年開館。
    ムービーも良くて、なかなか愉しい!
    『世界三大古戦場展 ワーテルロー・ゲティスバーグと関ヶ原のつながり』卒論がナポレオンの自分としては、とても観たかったのです、来てよかった!

  • 郡上八幡城

    郡上八幡城

    郡上八幡城。長閑で美しい。

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  • キラキラ✨

    キラキラ✨

    11/5満月🌕キラキラ✨

    キラキラ✨した華やかな世界に子どもの頃から憧れていた気がする。
    学生時代も、いつかキラキラ✨してみせる!
    ってジミジミ💦と過ごしていた。
    漠然としてるけど明確な、それが📺テレビ業界に就職した根本的理由(色々他にも理由はあるけれど)
    で、📺テレビ業界に30年以上どっぷりハマり、かなりのキラキラ✨世界と、その分裏側の黒影ようなクラクラ⚫️世界、まさに光と闇を体験した。キラキラ✨も愉しかったけどクラクラ⚫️もそれはそれでなかなか味わい深かったw

    で、いい歳したオッサン教授になり、学生さんと日頃付き合ってると、みんながむしろキラキラ✨しているように見える。
    でも、そんな学生さんたちは(僕がそうだったように)ジミジミ💦な日常からキラキラ✨した世界にいつか行きたい!と夢見ているように見える。
    彼らからしたらキラキラ✨は未来方向から輝き、
    僕からしたらキラキラ✨は過去方向から輝いているのだ。
    すると多分、キラキラ✨にもドップラー効果が適用されるのだろうw

  • 『彼女は一人で歩くのか? Does She Walk Alone?』by 森博嗣(2015)

    『彼女は一人で歩くのか? Does She Walk Alone?』by 森博嗣(2015)

    森博嗣『彼女は一人で歩くのか? Does She Walk Alone?』(2015)au了。Wシリーズ1作目。
    森博嗣ミステリをちょうど1年前『すべてがFになる』から読み始めて、あらかた読み了ってしまってSFに挑む。
    これまためちゃくちゃおもしろい!
    哲学的要素をミステリに紐付けるか?SFで企てるか?と推察して読み始めたが、このSF作品は同時にミステリでもあり、『すべてがFになる』の軌道上にあるのだ。
    森博嗣(敢えて呼び捨て)真底恐るべし。

  • 11/5満月:メルマガDIVERSE第183段『そのキラキラを愉しもう!』

    角田陽一郎のメルマガDIVERSE vol.183 2025年11月5日Full Moon

    『そのキラキラを愉しもう!』

    怒涛の10月を終え、文化の日に勤務校の学園祭があって、それが終わって、満月になりました。

    なんか事切れてしまって、逃避行して、久々独り温泉宿へ。

    そこで、温泉に浸かって、ぼーっとしてたら、キラキラの相対性に、ふと気付かされたのでした。

    人はキラキラが好きだ。みんなキラキラに憧れ、キラキラを目指し、そしてキラキラに近づけないことをいつしか悟って、落ち込んだりする、諦めたりする。

    でも、キラキラは、目指す場所にあるわけではないのだ。

    キラキラは、自分の生きている、今此処に、あるのです。

    他人のキラキラは、自分には、とてもキラキラ輝いて見える。

    けど、

    自分のキラキラも、他人にもまた、キラキラ輝いて見えているのです。

    キラキラの渦中にいる時は、気づかない。むしろ大変だったり、困難だったりするから。

    でも、だからこそ、キラキラは、輝いてくるのです。

  • 川喜田半泥子@石水博物館

    川喜田半泥子@石水博物館

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    津市の石水博物館を訪れる。
    江戸時代からの豪商川喜田家のコレクションと川喜田半泥子の陶芸作品。東の魯山人、西の半泥子と云われる。
    半泥子という号は、禅の導師から授けられ 「半ば泥(なず)みて、半ば泥(なず)まず」何にでも没頭し泥んこになりながらそれでも冷静に己を見つめることができなければならない、という意味。なんとも興味深い人物、Tropicで取り上げたい!

    https://tropic-media.jp/contents/ef0f14141bd6

  • 刀を抜かないで

    刀を抜かないで

    11/1霜月朔日
    今から3ヶ月ちょっと前の7月末、ある件で、僕は久々にキレた(刀を抜いた)のであった、相手の云っている論理が悉くおかしかったから。その抜刀は決して間違ってないし、結果その後の経過はそれでよかったと想う。それにより一定のヘゲモニーを手に入れた。
    ちなみに去年は脱力タイムズ出演時に小籔さんにキレたがwこれはまあ演出的御愛嬌だし、去年から大学教授を拝命したから、極めて温厚なやり取りを昨今は殊に心がけていたのです。
    でも、今年はその7月末にキレた件以来、キレる(刀を抜く)ことに躊躇がなくなってしまっている。9月頭でも抜刀したし、そして今日も抜いてしまった。抜き癖が憑いている。
    抜刀の理はこちらに当然ある。そういう意味では間違ってはいない。
    でも“抜き過ぎ”である。刀は抜かないに越したことはない。
    抜くと闘いが否が応でも始まってしまうから。始まったら勝つまで斬りまくるし。
    つまり、刀は抜かなきゃ抜かない方がいいに決まっているのだ。
    五右衛門の後悔「またつまらぬモノを斬ってしまった…」をメメントしろ、自分。
    明日明後日は学園祭。なので刀は端から帯刀しないにしよう。