芦沢ムネトさんの一人芝居『OLOS#4』を観劇。
ヒトの微妙さと奇妙さを描く6つのシチュエーション。
その言動は、おかしくもあり、ふとわびしくもなる6様。



映画『落下の王国 THE FALL』ターセム・シン監督(2006)の4K上映。
最高だったー!!どうしても観たくて、見た甲斐がありました。どのシーン、どのカットも美しくて、カッコよくて、幻想的で恍惚感で脳が彷徨う揺蕩う、僕の理想の映画だ。



森博嗣『風は青海を渡るのか? The Wind Across Qinghai Lake?』(2016)au了。Wシリーズ3作目。
このWシリーズはとても静的だ。(元々森博嗣作品はどれもそれほど動的では無いけれど)この静的な考察の交錯がとても心地よい。


エリエット・アベカシス『クムラン』(1996)読了。
死海文書にまつわる神学ミステリ。
確か松岡正剛千夜千冊で言及されていておもしろそうだと古本を購入したのが2012年。そこから半分くらい読んだんだけど、読了せぬまま長年眠っていた。先日、手に取り続きを読み始めたら、おもしろく一気読み、読み終わるのに13年かかったw本もぼろぼろで、まるで二千年以上眠っていた死海文書を読んだみたいだ。


NTT R&Dフォーラム2025に訪って来た。
IOWNとは、「Innovative Optical and Wireless Network(革新的光・無線ネットワーク)」の略称で、NTTが提唱する次世代の通信基盤構想。
その構想を軸にあらゆる分野の研究(基礎技術、汎用技術、社会課題、自然災害、宇宙、エンタメ、文化創造)をやっていて、その裾野の広さと着眼点の多様性に度肝を抜かれた。
AI生成や光量子コンピュータ、まさにQuantum Leap(飛躍的進歩)なおもしろい時代がやってきた。


11/19
おもしろくても脱落してしまうドラマがある一方で、
そんなにおもしろく無くても、ズルズルと見続けてしまうドラマってのもある。
この差は何なのだろう?
おもしろくても、読むの続かない小説がある一方で、
そんなにおもしろく無くても、なんとなく最後まで読んじゃう小説ってのがある。
この違いは何なのだろう?
その(僕的な)境界線は、世界観な気がする。
その世界を見続けたいか否か?
その世界に没入していたいか否か?
その世界と関わり続けたいかどうか?と、その作品がおもしろいかどうか?とは、どうやら(僕的には)あまり関係が無いことらしい。


原田マハ『たゆたえども沈まず』au了。
日美でゴッホのことを扱ってるのを観て、フィンセントと弟の画商テオドロスの関係が気になり読んでみる。当時のパリで活躍した実在した浮世絵の画商の林忠正、部下の加納重吉(架空)のゴッホ兄弟との友情がベースの小説。「たゆたえども沈まず」とはパリ市の紋章にある言葉。


11/17 Tropicの陣痛。
今週もはじまっ(てしまっ)た。12/22の発売日に向けて、講談社新メディアTropic第1号の校了までキリキリのタイムスケジュールでギリギリ一杯まで、ギリギリするレイアウト作業とキリキリする確認作業。
それと並行して、HPの構築、発刊イベントの段取、部数や価格の決定、動画の編集確認作業、等々等。キメなければならないことが数多数多数多。
どの仕事でも多分そうだけど、情報informationの統合Integrationってのが、最大の最重要課題ではある。これを効率よく推し進めないと、いつまで経っても記事が完パケしないのです、どこかに何かのヌケが残存してしまう🥲
まさに産みの苦しみの真只中。でもキメてやるぜ!


11/15
朝から海の町のアトリエにてだらだらする。
ここ最近、縁あって、「新しい言葉」をたくさん生み出している。
つまり、辞書に無い言葉。使われてない使い方。
名詞だったり、動詞だったり、云い方だったり、文字の使い方だったり。それは新しい名称だったり、キャッチコピーだったり、新しい枠組みだったり。
その思考遊戯が無性に愉しい!
言葉というのはcommunicationのtoolであって、伝わらないと伝わらない。
でも、そこに、ギリギリ伝わるけど、まだ聞いたことない“言葉”ってのが使われるとしたら、たまらなく“たまらない”ことなんじゃ無いだろうか。
聖書に、「はじめに言葉ありき」と在るけれど、まさにそう!
「はじめの言葉」を「はじめての言葉」で創造してる感覚。
