『若江漢字とヨーゼフ・ボイス』@神奈川県立近代美術館葉山
ヨーゼフ・ボイスの“現代美術“の作品、今見ると、“現代美術“の古典classicに感じて、それはそれでおもしろい。
そんな時代性あえて気にせず、ひと作品ずつボーッと眺めてると、それはそれで意味性が逆に惹起されてきて、またおもしろい。




『若江漢字とヨーゼフ・ボイス』@神奈川県立近代美術館葉山
ヨーゼフ・ボイスの“現代美術“の作品、今見ると、“現代美術“の古典classicに感じて、それはそれでおもしろい。
そんな時代性あえて気にせず、ひと作品ずつボーッと眺めてると、それはそれで意味性が逆に惹起されてきて、またおもしろい。




12/7
プロデューサーってのはつくづく愉しい生業だな(改めて)。
だって、自分で生み出せるヒトモノコトは、自分で作ればいいし、
もしも、自分で生み出せないヒトモノコトは、造れる人と繋がればいいし、
創るお金が無いならば、一緒に協業したい人や会社を自分で探せばいいし、
もし一緒にやりたい人がいたなら、仲間になっちゃえばいいし、
もしやりたくない人とはやらないと(自分で)決めればいい。
書きたい人がいたら書いてもらうし、描きたい人がいたら描いてもらう。
演りたい人がいたら演るし、奏たい人がいたら奏でる。
逢いたい人がいたら逢える企画を考えるし、行きたいとこがあったら行っちゃう企画を考える。
なので雑誌作りたくなったので、Tropic編集長やってるわけです。
produceって生産するって意味だから、まさに生んだり産んだりする生業なのです。


12/7
12/22冬至に発刊のTropicの編集長対談『カクタの部屋』にて、憧れの富野由悠季監督と2時間半も話させていただいた影響で、自分は今、無性に無上にロボットアニメを創りたくなってしまってる。
自分は純心ピュアなんで(と自分で云ってしまうほど純心バカなので)真綿が水を吸うように、朱に交われば赤くなるように、周辺でのヒトモノコトとのアクセスが、ダイレクトに脳内想像とコネクトしちゃうのです。で、そこから妄想BIGBANGが起こってしまう。
学生にSixTONESファンがいればSixTONES妄想金田一企画起ち上がっちゃうし、
ちいかわファンがいれば来年の映画化に向けてコラボ考えちゃうし、
新書読んだら、講義聴いたら、その研究者とのコラボ記事を作りたくなるし、
美術展観たらライブ行ったら演劇見たらそのアーティストのプロデュースをしたくなってしまう。
てことで、決めた!ロボットアニメ創ろうー!


森博嗣『ペガサスの解は虚栄か? Did Pegasus Answer the Vanity?』(2017)au了。Wシリーズ6作目。
前作があまりにおもしろいので、続けて一気読みしてしまった。それにしてもなんて多作な作家なのだろう、この頃は毎年3作品発表してる、凄いな。
そういえば、次の作品をどれ読もう?の際にWikipediaの森博嗣ページが一番まとまっていて、多分全Wikipediaの中で一番見ているページは彼の作品リストだw


森博嗣『青白く輝く月を見たか? Did the Moon Shed a Pale Light?』(2017)au了。Wシリーズ5作目。
自分的には一番の傑作。極北の深海という密室ミステリでもある。
人工生成AIの萌芽が2022年-2023年だとして、Wシリーズ4作目とかまでは、ちょうど今の人類とAIの対峙を想起させられた。けど本作は、さらに進んだAIと人類の行末を創起していて、なんだか僕も青白い月が見たくなった。
“知恵の重力”という言葉に息を呑む。その重力の重さに、人は耐えられるのだろうか?
2025年末、既に限界が来てる気もするし、そこをフワッとジャンプして飛び越えられるような気もする。


パリを拠点に活動する李鎮雨(Lee JinWoo)による個展「潤(윤)」を開催いたします。本展は、2019年に当ギャラリーで開催された個展以来、4年ぶり3度目の開催となります。 李鎮雨は1959年ソウル生まれ。1983年に韓国の世宗大学を卒業後、1986年に渡仏し、パリ第8大学造形美術学およびパリ国立高等美術学校(材料学研究)を修了しました。 パリでの生活を始めた当初、李は困難な日々を送っていました。ある日、アトリエの片隅で芽を出した一粒の豆を見つけ、水とわずかな光のみで育つその生命力に感銘を受けます。この体験が、「水」を単なる素材ではなく、生命と記憶の循環を生み出す根源として捉えることへと発展しました。 李はこれまで、麻布に炭を載せ、幾層にも重ねた韓紙を鉄製のブラシで叩く独自の技法により、《泉》や《島》シリーズを制作してきました。この反復行為が生み出す独特の質感と、モノクロームの静謐な世界は高い評価を得ています。「水」をモチーフとする本展の新作シリーズでは、鉄ブラシに代わり、細い竹の棒を用いています。これにより、鉄ブラシの摩擦が生む力強い表現が一転し、より柔らかく繊細なリズムが画面に現れます。これは、作家が長年追求してきた「物質と精神の融合」という主題を、より身体的かつ直感的な次元へと深化させたものと言えるでしょう。


12/4
明日は2025年最後の満月Cold Moon、なんかいろいろ満ちてきたなー。
ぽっかり時間が空いたので、海の町のアトリエに戻る。
映画でも観ようと思ってたんだけど、うたた寝してたら、夜になっていた。それもまたよし。
指導学生から送られてくる提出間際の卒論読みながら、webを時折観察。
新メディアTropicのこと、好意的に厚意的に書いていただいてる御行為、ほんと嬉しいです🙌
いろんな方々の御支援と御協力と御理解と御興味と御愛情で、自分の人生なんて生成されてるようなもんだ。
ほんと有難い、感謝しかないです。
なんか冷静になって考えると、2025年って凄いな、21世紀も1/4既に了っちゃった。子供の時を憶い出せば、めちゃめちゃ未来感。そんな未来の中で生きてるんだな。
来年にも実現したいアイデアの仔羊の群れが、未だ未だ沢山沢山待ってるぜ!
https://tropic-media.jp/blogs/6955f8e3faae


宮島未奈『成瀬は都を駆け抜ける』読了。
3作目、(とりあえず?)完結篇。
成瀬は強くて弱くて、そこがおもしろい!のは不変だけれど、まだまだ行末を覗いていたいけど、著者が完結にした意味もよくわかった。
青春は、一時だから、青春なのだ。


【Advertising Week Asia 2025】
モデレーターの田中潤也さん&クリエイティブディレクター鈴木曜さん&私&今回の仕掛け人の講談社長崎亘宏さん!
セッション終了。
テーマはRADIOで、喋りまくりました!
みんなRADIOが好きなんだな😊



12/2 自分勝手selfish
自分勝手selfishなコミュニケーションってのがある。
伝えたいことを一方的に伝えて、こちらの情報は伝えましたからね、と自己完結している感じ。
それを相手がどう斟酌するか?受け止めるか?反発するか?は考慮に入れないで、果たして双方向性は成立するのか?、、、等も考慮しない、一方通行的なコミュニケーション。
まあ、僕もそれらをしばしばやっている(多分、はず)。
でも、そこに自覚があるselfishなのか、無自覚なselfishなのか?ってレイヤーも絡んで来て、想いは錯綜する。
僕的には、自覚selfishなら、まだ認めてしまう、自分もやりがちだから。無自覚selfishはタチが悪い。しばしば“良かれと思って”的な押し付けがましさが付随するから。
僕らは日々コミュニケーションの洪水に呑まれていく。
さて、どうやって抜け出そう?

