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  • 『幽霊を創出したのは誰か? Who Created the Ghost?』by 森博嗣(2020)

    『幽霊を創出したのは誰か? Who Created the Ghost?』by 森博嗣(2020)

    1/4森博嗣『幽霊を創出したのは誰か? Who Created the Ghost?』(2020)au了。WWシリーズ4作目。
    ヴァーチャル空間における、前前前作の生きることの意味、前前作の神の存在、前作の生命の誕生、そして今作は幽霊ghostとは?
    幽霊が現実空間のヴァーチャルだとしたら、ではヴァーチャル空間において幽霊とは?とても興味深い考察。

  • 『赤目姫の潮解 Lady Scarlet Eyes and Her Deliquescence』by 森博嗣(2013)

    『赤目姫の潮解 Lady Scarlet Eyes and Her Deliquescence』by 森博嗣(2013)

    1/4
    森博嗣『赤目姫の潮解 Lady Scarlet Eyes and Her Deliquescence』(2013)読了。
    凄い作品だ。読み了った今、自分が生きてるのか死んでるのか判然としない、夢なのか現なのか釈然としない。今が正月だからか人生全てがそうなのかも歴然としない。
    語るならば、沢山語れるだろうが、今のボクには殆ど語れない。氏がエッセイの中で以下のように語っている。

    つまり、視点によってミステリィにもファンタジィにもSFにもなる、ということである。すべてが、人間の頭脳が創り出した幻想の内だともいえる。また同時に、作家というのは、物語を創造することに長けているのではなく、その物語を体験させる人物(媒体)の創出に長けているだけ、ということもいえるだろう。読者は自身でしかそれを体験できないが、作家は主人公という媒体を作って、それを他者に体験させることができる。
    『森には森の風が吹く』第1章「森語り 自作小説のあとがき」p.21より

  • 『ファウンデーションと地球 銀河帝国興亡史5(上)』by アイザック・アシモフ(1986)

    『ファウンデーションと地球 銀河帝国興亡史5(上)』by アイザック・アシモフ(1986)

    アイザック・アシモフ『ファウンデーションと地球 銀河帝国興亡史5(上)』(1986)聴了。
    このシリーズの白眉的要素、ハリ・セルダンの心理歴史学がこの5作目にはほぼ登場しない。そこから展開する様々な歴史的転回にドキドキした初期3部作の躍動感が無いのはやや残念。

  • Go South 南へ

    Go South 南へ

    1/2 Go South 南へ
    なんか、南へ向かう(という概念、というフレーズ)が昔から好きなのです。トロピカルな、楽園的な。
    でも今、何気なく調べたら、go southとは、英語では「悪い方向に進む」「悪化する」という意味があるらしい。へー。
    「南」=「下」というイメージから下向きというニュアンスらしい。

    go westは、「役に立たなくなる」「死ぬ」という意味。これは仏教でも極楽浄土は西にあるわけで日没のイメージからだろう。沖縄方言で西表をイリオモテと呼ぶのは西に“太陽が入る”からで、東=あがりと読むらしい。でもgo westは米国では1848年のゴールドラッシュからは一攫千金という意味が付随する。意味は変遷するわけだ。

    go southに話を戻すと、米語では「消える、逃亡する」という意味もあるらしい。おそらく19世紀中頃の、追跡や責任を逃れるために南へメキシコやテキサスに消えるという概念から派生し、先住民族の信念(18世紀中頃の植民地時代の文献に記録あり)である死後に魂が南へ旅するという考えによって強化されたらしい。へー。
    南にネガなイメージがある西欧的概念って、メルカトル図法の北半球極大化、赤道付近極小化からくる視覚的錯覚もあるし、地中海の南の巨大砂漠、アフリカ=暗黒大陸という未開イメージと相関関係があるし、オーストラリア発見前には南方大陸という仮説もあったし、それらが帝国主義植民地政策に繋がってるし、南北問題とも関係がある。

    …なわけで、自分の脳内での独自に複合化したgo south“南へ”は、2026年自分のキーコンセプトとなって、目指す指針となっているわけです。
    今いる場所じゃない、未知の領域が南に存在するイメージ。
    南に向かうことは、不確かな冒険、此処とは異なる彼処。
    paradise(楽園)かもしれないし、それはparadise lost(失楽園)かもしれない。
    Go South 南へ向かってみようと想う。

  • 『迷宮百年の睡魔 Labyrinth in Arm of Morpheus』by 森博嗣(2003)

    『迷宮百年の睡魔 Labyrinth in Arm of Morpheus』by 森博嗣(2003)

    12/31森博嗣『迷宮百年の睡魔 Labyrinth in Arm of Morpheus』(2003)読了。百年シリーズ2作目。今年最後の読了。
    2025年は、自分史上過去最高に読書、特に小説を読んだ(読めた)年となった。かなり忙しい中でだったので、というか忙しいからむしろ読めた(読みたくなった)とも云えるし、その読書量が自分のクリエイティブ領域のかなりの源泉となった。
    特に森博嗣作品との邂逅は、それ以前と以後で、(この百年シリーズ的に云えば)自分の頭脳が入れ替わるほどのインシデントだった。感謝と歓呼しかない。

    そう……、
    知ってしまったあとに満足できるとは思えない。知りたい、と今思っている、この状態が、なにかを忘れさせてくれる。知りたい知りたい、と遠くどこかへ向かっていれば、身近な周囲に視線を向けなくても済む。後ろを振り返らなくても良い。それが、僕を生かしてくれている。
    風には向きがある。波だって同じ方向へ寄せる。同じところをぐるぐると回ったりはしない。
    どこかへ行きたい。
    知ることによって、ここではない、どこかへ行ける。
    そんな予感がする。
    きっと、単なる予感。
    気のせいだ、と思うけれど。
    p.246

  • Aventura:人生は一度切りなので、冒険をすることにする

    Aventura:人生は一度切りなので、冒険をすることにする

    12/30
    これからの3年間の生き方(生き様)の構想を披露する。
    不確定要素は多々あれど、最高ライン、最低ライン、どうなってもどうなるかを検討。膨らますもの、萎めるもの、始めるもの、完成させるもの、準備するもの、撤退するもの等々。
    その構想の基準線は、人生は一度切りという前提が絶対ライン。
    その上で、これからどう生きるか?を各レイヤーに配置。
    一度切りなので、冒険をすることにする。
    2026は冒険の計画調査
    2027は冒険の基礎準備
    2028は冒険の実行開始

  • 『キャサリンはどのように子供を産んだのか? How Did Catherine Cooper Have a Child?』by 森博嗣(2020)

    『キャサリンはどのように子供を産んだのか? How Did Catherine Cooper Have a Child?』by 森博嗣(2020)

    森博嗣『キャサリンはどのように子供を産んだのか? How Did Catherine Cooper Have a Child?』(2020)au了。WWシリーズ3作目。
    前前作の生きることの意味から、前作の神の存在理由から、今作は生命の誕生について。
    リアルとバーチャルの相違が無くなると、人間がむしろどんどんAIに寄っていく。

  • ⛳️ゴルフ@霞丘GC

    ⛳️ゴルフ@霞丘GC

    ⛳️霞丘GCにてゴルフ。
    久々。3ヶ月ぶり。
    いい陽気だし、いい面子だし、とても愉しかった!
    本年はTropic編集作業他で忙殺されて例年より少ないラウンド数、身体動かすこと自体激減なので、かなり不安だったのだけど、スコアも何気に自己ベスト😊

    皆様、ゴルフぜひ誘ってくださいw

  • 『神はいつ問われるのか? When Will God be Questioned?』by 森博嗣(2019)

    『神はいつ問われるのか? When Will God be Questioned?』by 森博嗣(2019)

    森博嗣『神はいつ問われるのか? When Will God be Questioned?』(2019)au了。
    WWシリーズ2作目。前回の生の意味から神の存在理由へ話は進む。
    犀川&萌絵シリーズの場合、どんどん事件へのコミットが減退していく犀川先生なのだけど、このW&WWシリーズのグアトはどんどん積極的になっていき、ロジは萌絵のようになっていく。

  • 『数学者に「終活」という解はない』by 秋山仁

    『数学者に「終活」という解はない』by 秋山仁

    秋山仁『数学者に「終活」という解はない』(講談社+α新書,2025)読了。
    数学者の著者の後半生の生き方とモットーと交友録を軸に示唆に富む偉人たちのことばで綴られる。