『リッツォス詩集 括弧』中井久夫訳(みすず書房,1991)
現代ギリシャ詩人ヤニス・リッツォス(1909-1990)の『括弧Ⅰ』(1946-47)、『括弧Ⅱ』(1950-1961)、そして以下の「遥かなる」(1975)を集めた詩集。ネットで進めてる方がいて読んでみたくて。独特の乾きと色彩を感じるのはギリシャとい土地だからか、ハッと胸を撃たれる。
遥かなる
ああ 遥かなる 遥かなるもの 届くことなき遠く深きものよ。
受けとめよ
沈黙せるその物らをば あまさず その非在のうちに。他の者の非在のうちに
近き者よりの危険 近さそのものよりの危険が庭を飾る 赤・青・黄色の電灯を 約束の夜な夜なにかぶせる時
獅子と虎との 半眼に閉ざした眼の檻の中の薄闇に 穿った緑が 燐光を放ち
年とった道化が 暗い鏡の前で化粧にまみれた涙をぬぐって泣こうとする時
ああ 認められない 静かな者よ その湿る長い手のきみよ
見えない 静かな者よ 貸し借りはむろん 義務さえなくて
音楽の支配する 深い不動のうちに
空に釘を打って世界を支えている者よ。

