4/28新月:メルマガDIVERSE第170段『形而下→形而上→形而下→形而上』

角田陽一郎のメルマガDIVERSE vol.170 2025年4月28日New Moon

『形而下→形而上→形而下→形而上』

新年度が始まって一ヶ月。
大学での新学期も始まり、教授professorとして教える方にも、学生として研究する方も忙しなくなって来ました。
一方でプロデューサーproducerとしてプロデュース案件も新しく始まりそうだし、
なんと云っても、今年創刊する新雑誌メディアの編集長publisherとしても、考えることが山積みであります!
そんな4月は、ナニゴトにおいてもコンセプトを考えることが多くて、形而上的metaphysicな思考を揺蕩っていたと想います。その分、その思考中は、身体はむしろ形而下的physicな手仕事がしたくてプラモデルをよく作ったり…しているのかも知れません。
そんな風に時分の思考潮流を思い返すと、若い頃は、思春期から30歳くらいまでは、受験でも恋愛でも仕事でも身近なことで悩むことが多く、いちいち具体的な悩み=形而下的な思考でヒトモノコトを捉えていたような気がします。
それが、30代になるとテレビ局での仕事でも総合演出やプロデューサーになったりして、会社での立場もコンセプトメイクな立場になるので、形而上的な思考でヒトモノコトを判断していたような…。
そして40代になると、形而上的に人生を考えていてもうまくいかないことを知り、自分のおじさん化への地団駄として、むしろ若い時分の自分への懐古的な想いから、ヒトモノコトを形而下的に捉えよう捉えようと足掻いていた気がします。
で、50代になり、今の自分は、形而上的な思考に再び至っているのではないでしょうか。それはいちいち具体的なことを、うじうじ悩んでいても、どうせ解決しないんだという悟り(といか諦念)を通過して、むしろこの世界を普遍的な見方で眺めているような感覚とでも云いますか…。
つまり、20代までの形而下的思考→30代の形而上的思考→40代の形而下思考→50代の形而上的思考、みたいな変遷かと。
なんかそんな風に、自分の思考潮流を概念的に捉えられていること自体も、形而上的な考え方ですね(笑)

https://www.mag2.com/m/0001683502

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