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毎回甘っちょろいことを書いている。
それは、まあボクが本質的に甘っちょろい人間だってコトと、この物質世界material worldのビターなコトなんかをうっちゃっときたいって本心からかもしれない。
しかし最近はTropic(講談社刊の新雑誌、是非読んでください!)編集長なんて重責を司ってるので、その甘っちょろいところを時々で突っ込まれもするw(でも、まあ甘っちょろくていいかなと放置する)
で、改めて甘っちょろいことを考えてみれば、ボクには友だちが(数えるほどしか)いない。
その数えるほどの友だちってのは、高校時代の友人ほんの数名なわけで、それは友だちというより旧友という範疇だし、特に社会人になってからの30余年は、ビジネスパートナーとしては沢山の方々に尊敬と愛情を抱いているモノの、それは友だちではない(とボクはなぜか確信している)。
なんで友だちいないんだろう?
なんてことを考える。
友だちが欲しいな、なんてことも想ってみたりする。
友だちって何なのだろう?
友だち=friendsだと、それはSNS的繋がりの拡大解釈的呼称になっちゃうから、
友だち=soul mate
って意味かな…とか。
soulだけだと精神性onlyな感じだから、身体性も加味して、
友だち=body&soul mate
なのかな…とかとか。
自分に、友だちはできるのだろうか?
人生に、友だちは必要なんだろうか?
なんなら、友だちになってください!
(お、甘っちょろいを超えて、気持ち悪い感じになってきたw)
でも歳を重ねると(重ねるから)気付く、些細な、でも大切な想いってのは、あるわけですよ、多分。
そんな想いも大切にしたいな、とか想っているわけです。
まだ見ぬ友だちへ、君が何と言おうとも。

